色んなことを経て経て経て自分を救えるのは自分だけだと25のとき気づいた。
いつも親の味方でいることだとか実家大好き地元大好きって言うとか、人の顔色をみるとか、それは絶対やりたくなかった。というわけじゃなかったよ。好きだからやったことでもあった。
だけどなんか、なんか!
このままじゃ死んでしまうなと思った。
だから、ときに尊厳とかを削ってでも自分だけの安全な場所をつくり、その先でちゃんと自分の思う幸せをみつけることにしたのだった。
そうしたら、色々あったけど全部良かったね〜って少しは思えたりしている。
自分勝手って言われながら、まあ実際勝手だったか、急にデカい決断とかしてしまったわけだから。
自分をちゃんと通しつつ折り合いをつける。みたいなことは、ほんとうにむずかしい。そしてこれが私の人生をむずかしくしている。
健全な自他の境界とか、頼りにできる家族がいることとか。生きてていいよねって自然に思うことができることとか。
そういうのをきちんと育ててきた人と自分とでは大きな隔たりを感じてしまい、敵わねえ〜という気持ちがある。
自分はどうしたいのか。それをギリギリのところで守ってきたことは偉いけれど、取りこぼしてきた小さいことがたくさんあるよなと思う。
とはいえ、愛されてこなかったわけではないのだし、というか、むしろ恵まれた出会いが多かったということもよくわかっていて、感謝をしている。
なのに身近な人にすら欲しいものや行きたい場所、食べたいもの、ぜんぶ、率直に気持ちを話したりすることができないのはなんなのだろう。
今更、何もしなくても愛されるみたいなことはできない。それはわかっている。ましてやおれは中年女性になった。それも、体のゴツい。ここはもう不変。
そうであっても、わかってほしいのきもちが高まってしまうことがある。ほんとうにわかってほしい気持ちとかほど全然みんなわかってくれないじゃん〜〜〜〜〜。みたいなのがずっと抜けない。そうやってくねくねしているこいつを殺さないとと思う、だってみんなには関係なくて、おれVSおれだから。だから苦しい。
みんな、歳を重ねるごとにこの振り幅が広がっていくのかもしれない。アルバイトしていたときに出会った不安定な大人たちのことを、思い出す。なるほど、これはくるしい。
どうしても怠い暑さのなかで、光だけが秋めく。
だから苦しい。