完食

ハンバーグは3ヶ月に1回

記録9/1

9月1日です。ほんと9月が来るってとこでちゃんと気温が下がるし入道雲も見れなくなって、びっくりじゃん。定時きっかりかよ。もしかして夏って私じゃん。

8月31日は休みで、最後にめっちゃ夏ができればよかったんだけどこのところ空前絶後超絶怒涛の絶不調期に突入してしまっていて、結局はほぼ1日部屋で動けずにいました。動かないは気持ちいいけど動けないはただしんどい。

夕飯を一緒に食べる約束があったから夜は無理やりに着替えて出かけた。結果としてこれは良かった。いま沈んでると言えたことがよかった。なかなか言いづらいこんな世の中なので。ポイズン。あと、ハンバーグがめっちゃ美味しかったのもよかった。すこし復調したわたしは帰宅してこの2ヵ月ほど窓際に吊るしていた風鈴とスイカ柄の手ぬぐいを外した。結局風鈴はこの夏1度も鳴らなかった。

むかしむかしのWordで助けてくれるイルカと犬

ブログってだいたい書くの久しぶりになっちゃうんだよね、三日坊主にすらならないんだなあ私は。

生活してるとさ、自分の頭の中のモノローグ?みたいなものがみんなあると思うんだけど。それがどんどん語り口調みたいになってくるときがよくあって。こうしてブログに書くみたいなくだけた文章みたいな感じ。だからそれ通りに書くことにつとめるんだけど、やっぱりいざ書くとあれあれ、?みたいなことになる。なんなんでしょうか。互換性があまりよくないな。

Twitterでよく見かける人の話をするんですけど、ここでの見かけるっていうのは友達のどこどこへ行ってきた的なツイートとかに添付された写真にちょいちょいいる人のこと。友達/知り合いの友達とか友達/知り合いの彼氏。わたしは彼らの名前とか愛称を勝手に存じ上げている。

この間仕事終わりに最寄り駅でその、Twitterでよく見かける人とすれ違った。別に知り合いでもないんだけれど「あ、ヒロシ(仮名)だ!」と思った。
ヒロシとは知り合いではないけれど、大学がたぶん同じだと思う。
大学があるまちは田舎で、私と同じようにひとり暮らしの学生が多かったからだいたいスーパーやコンビニに行けばTwitterでよく見かける人とか、なんならおすすめユーザーにまで遭遇できる感じだった。そのなかにヒロシもいた。

在学中のヒロシはガチャ回したらだいたい出てくるキャラみたいなもんだった。会いたいと思っている人は全然出てこないのにヒロシはめっちゃ出た。またヒロシかよ!とちょっと憤ってみたりもしていた。

春に大学を卒業してちいさなまちを出て、知らない顔だらけの暮らしが始まった。だから、ヒロシを見かけた時やたら感動したし、なつかしさもあった。

だけど、この2週間のあいだに2回見かけてしまった。単純計算すると週1のヒロシ。もはや友人に会う頻度より高い。

ヒロシの暮らしに私はいたことがないけど、私の暮らしには何年もヒロシがいる。いまもいる。

なんかさ、怖いでしょ、これ私が怖い人側でしょ。

一方的に知ってるっていうのはなんかいやだね。普通に見かけるご近所さんとか電車のイツメンとは少し話が違う。SNSこわや。ちなみにヒロシのアカウントは知らない。知ってしまったらなんか犯罪者みたいな気分になりそうだ。

うーん

考えたことを文章に書き起こした時にいつも気づくんだけど私は話にオチをつけるというか着地ができないんだろうなって思う。

大阪の人はみんなもってるスキルなんですか?おじさんたちはみんなそうやって仰りますけどね。

 

こういうときだけ関東人面して、逃げちゃお

著名人の見ました印が怖い

突然だが、私は好きなアーティストのSNSにリプライを飛ばしたり、ツイートに彼らの名前を入れることができない。褒めるときも検索避けする。

現代を生きる彼らはエゴサを怠らない。ぬかりない。

そして肯定的なツイートをいいねしたりリツイートする。これを私は見ました印と読んでいる。見ました印をすることで彼のフォロワーや、アカウントにたどり着いた人に自分がいかに魅力的なアーティストであるか、支持を集めているかをアピールすることができる。

SNS上で好きという気持ちや感動を素直に綴るだけでプロモーションに貢献できる。なんと気軽かつ素敵なことであろうか。好きの気持ちを本人に伝わる形で気軽に発信できるこの時代は本当にすごいし、それはよっぽど気持ち悪い言い方じゃなければ本人が目にしたとしても悪い気はしないと思う。それを頭では理解しているのに、どうも恥ずかしいような怖いような気持ちになってしまい、わたしはツイートに微笑みながらいいねをつけるのみにとどまってしまう。握手会やインストアイベントも苦手である。だいたいこういうのは行かなかったら行かなかったで後悔するので足を運ぶのだが緊張のあまり吐き気に襲われながら細い声で「おうえんしてます、」と言うのが精一杯、挙動不審ぶりに「大丈夫?」と心配されるのが常である。

SNSもインストアイベントも、向こうからしたらこちらはファンでありそれ以上でも以下でもないと思うが、一瞬でも個として認識されると思うと恥ずかしいような怖いような気持ちになる。

私は10代の頃から生態が変わっていない。好きな人の動向をこっそり、かつしっかり見る、でもそれがバレないようにさっと物陰に隠れたり、見てないですよ感を出してみたりするキモい陰キャの女子のままだ。ファン活動はそんな根っからキモい私でも(アーティストに実害がないことは大前提として)中学生活のように好意がバレることで汚物扱いされることはない。好意を伝えて「帰れ」とは言われない。それどころか目を合わせて「ありがとう」と返してくれる、笑顔を向けてくれる。

ガチ恋というよりはめっちゃ重い重いファンだから完全に同じ土俵で考えることはできないかもしれないけど、ファンがアーティストに好きを伝えることでお互い不幸になることはまずなくて、アーティストにとって自分にポジティブな言葉を向けるファンの存在は表現を続けていくうえでのモチベーションともなるだろうし認められたという実感が得られたりすると思う。先述の通りその好意がSNSの投稿なら見ました印するとプロモーションにもなる。ファンサにもなる。わかっている。

…わかっている、いま、1000字にわたってデモデモダッテしていることも。

“でも“!推しエゴサぬかりないことをわかっていながら、推しの名前をわざわざ検索しやすいように打ち込んで好き好き超好きこの曲超かっこいいするの、なんだか“見つけて感“が出ちゃうんじゃないかと思うとすごく恥ずかしい。

上記のような葛藤?があって、あんまり個が認識されなさそうなファンレターに託すかたちに落ち着くんだけどまたファンレターもたくさん読むのは大変だろうと短め短めを心がけてあんまり書けなかったりとかして。なんかここまでほんとキモい。これからもキモい。すいません。

恥ずかしい怖いとかいろいろ言ったけど私も名前を入れてツイートする時がある。ライブやイベントに足を運んだあと、超楽しかった!という気持ちはなんか見つけて感が出てたとしても届けばいいなと思ってしまう。音源に関してもおんなじように反応が気になってると思うから、そう変わらないことなんだけど何が違うんだろう。感情が昂ぶって気が大きくなっているだけなのかもしれない。だとしたらめちゃ恥ずかしいな。

今日ずっとこういうことを考えていて、自分なりに好きな理由や好きな所とかもあるけど本人はどう感じるんだろう?とか負の感情が制作の原動力になってるとしても彼らのプラスの感情に働きかける言葉を伝えたいなとかもう、すごい宇宙〜〜〜ってなってきて、出口がないしこれという正解はない。結局は迷惑かけずに彼らがおいしいもの食べれるように活動が続くように応援していくことだと思います。追いかけるものができてからの人生はキモさに磨きがかかっていくばかりだけど楽しいです。好きなものが増えていくのもすごく楽しいです。これからも好きな人たちが「やってきてよかった」と思える景色を構成する微粒子をやっていきたいです。それでわたしも微粒子やっててよかった〜〜!って思えてたらなお良い。

一気に書いたらすっきりしたけど睡眠時間が減りました。

明日も仕事です。さよなら。

6月27につ

先日引っ越しをした。私の住んでいる家はいわゆるシェアハウスというもので、風呂トイレなどは共用、掃除は当番制というかんじ。住み始めて間もないけど現状ではとくに困ったことはない。一人が好きだけど寂しいという気持ちはある私にとっては顔をあまり合わせないにしても家に誰かがいる、というこの環境は合っているのかもしれない。一人暮らしは初めてのことではないからそんなにホームシックだとかもない。しかし実家のいぬには会いたいな。

週末、家族LINEで弟がキレていた。素直に「は?うざ」とか言えるの正直うらやましいなと思った。わたしはややこしいことは避けようとしてきたから、あまり両親に怒りとかぶつけたことがない。溜め込んでいきなり家を出るとか言い出してしまうから結局困らせて圧倒的に私のほうが困った子供だなと思った。それはもう別にいい、いや良くないけどとりあえず健康で先に死なないようにしよう。びゅんびゅん飛ばす市内の自転車乗りに気をつけたい。あいつらもうすでに3人は殺していると思う。

そういえば今日は気楽じゃない人に久々に会った。

最近気楽な人にしか会ってなかったから少し疲れた。ごはんはおいしかった。

なんかその後ずっともやもやして、お金がないのに酒を買った。ビールは高いから発泡酒にした。味はいまいちだけどちゃんと酔った。べつに酔ったからってすっきりするわけじゃないけどもやもやといえば酒もってこい!という話なのだ。

なんかぐちぐちしたことばかりになってしまったけど好きなものが増えていったりとか概ね幸せだ。あたらしい自転車を買った。これで私もギャング。

今日は早寝をしたいです。おしまい

アイドルへの偏見をぎゅっと詰め込んだ

前髪を切った。2月頃から伸ばしていてワンレンっていうのかな?にしていたので個人的にはニュースなのである。基本的に前髪は作っていたから、前髪のある自分の顔はとてもしっくりくる。すこし長めに作った前髪をくるっと巻く。流行に迎合している。48グループにいそう。をテーマに髪をセットした。ムカつく角度の自撮りをででん。

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モザイクかけたし画素は粗いよ

人気メンバーじゃないので24時間テレビとかの大勢駆り出される時だけテレビ出演できるという設定で、黄色いTシャツを着ています。たくさん妄想が広がりました。せっかくなのでここに記します。

彼女は松崎紗綾(21)。通称さぁたん。

総選挙の順位は万年圏外だがファンサービスは手厚く、ブログやSNSはこまめに更新、リプ返もする努力家です。18歳の時に激太りしてしまいいまもかなりぷくぷくしています。体型維持の努力は苦手なようです。さぁたんは先日久しぶりにAKBINGOに呼ばれましたがウーマンラッシュアワーとうまく絡むことができませんでした。毎日のように夢に見てうなされているそうです。歌唱力は中の中でぱっとしません。しかしそんなさぁたんを熱心に応援してくれるオタの皆さんもいます。彼女の些細な情報までもしっかりとまとめたWikipediaは驚愕の充実ぶりです。オタの深い愛情を受けてアイドルさぁたんはすくすく育ちましたが成人したあたりでかなり焦りも出てきています。そろそろ売れたいのです。料理、登山、資格の取得など様々なことに手を出しています。ちなみに今一番出たい番組は有吉反省会だそうです。

いまね、妄想の産物だけどさぁたん頑張れって気持ちになってる。ほんとに厳しい世界だよね、48グループだけでも戦国じゃんね。って総選挙の度に感じる。誰でもアイドルになれちゃうような時代だけど抜きん出るのってやっぱり大変なことですよね。なんとなく承認欲求満たして思い出作りするだけならぬるーくやって少ないファンと馴れ合ったりバンドマン釣るとかでもいいのかもしれないけど。さぁたんは何回かバンドマンに喰われてるけどほんとファン想いのいい子なんです。それだけは。それだけはわかってください。家族のことも大切にしてるし、チームでも年下メンバーを支えているんです。さぁたんはほんとに頑張ってます、軸がよくぶれるけど。最近食生活アドバイザーの資格も取りました。次は漢検1級に挑戦するらしいです。幸あれ。ぜんぶ妄想だけど。

 

ととろとろとろ

ねえもう5月なんだって。

結局4月はブログを書かなかったな、4月は書くことがないっていうか書けることがなかった。それはみんなが頑張っているのになんにも変わらずな自分がなんだかいやだったことによる。今更じぶんをよく見せたいって力が自然に働いててほんと、こういうところが好きじゃないなと思う。3月にどたばたで内定辞退したので、先月も就職活動をしていた。証明写真も撮り直して、履歴書も超久々に書いた。1回ぜんぶ無くなってからの就職活動は謎の強気でのぞめて、それは結構よかったかもしれない。つい何日か前まで4月だと思うと長かった。でも意外といい時間だったかもしれない。実家のおいしいご飯を食べて、暴れん坊将軍を見て、いぬと遊んだり色々。勢い余った部分を考え直したりとかできたのもよかった。
まあ、考え直してもそんなにしたいことは変わらなかったけど、たぶん冷却期間をおいたって事実が大事。
そういえば明日からGW本番じゃないですか。出かける予定もなんもないけど。あ、でも4日は友達に会える。ちょっと楽しみ。手繰り寄せる力をもった人がいてくれるから会える。うれしい。
私自身もちゃんと縁をつなぎたいって心があるならちゃんと手繰り寄せていかないとだめだな、と思う。待ってるだけはよくない。もう23になるので人見知りもネガティブも言い訳にはならない。とりあえずGWは誰かとサーティワンに並ぶことに挑戦したい。

あ、そういえば、もうすぐわたし大阪に行きそうよ。行くなら骨を埋めるつもりで行きなさいって母さんに言われたよ。お墓買おうかな大阪に。なんてね。

 

22歳でこれからでジャーニー

なんかずっと現実感がない。自分の事なのに他人事みたいな感覚。慌ただしいからなのかもしれない。この2週間を振り返るとはちゃめちゃに慌ただしかった。おセンチな気分に浸る暇はあまりなくてただただ目の前のことをやっていくような。昨日が卒業式で、ついに私は学生じゃなくなった。ていうか31日までは学生身分なんだけど学生証を返してしまったので証明できるものがない。卒業証書とかになっちゃいそう。

どこまでも続くような気がしていた学生生活はいつの間にか終わってしまって、今日も新しく住む部屋を決めたりとか、どんどん状況が変化している。頭ではしっかり理解出来ている、のに、気持ちとか実感とかが追いついてこない。

なんかねー、頭の中で思う4年という年月と実際に大学で過ごしたものが同じ長さなの信じられないよね。そのくらい超高速で毎日が過ぎた。楽しいばかりではなかった。そんなの当たり前だけど。

なかでも劣等感との戦いはすごかった。みんな私にないものをたくさん持っていて、面白くて、しかも自分の芯がしっかりしている。それに比べて私は流されやすいし、なにもないなあ。と思ってみじめになったりした。

ほかにもいろいろ、人間不信を起こしたり、恋人に依存したり、まじ殺すとかしか考えられなくなったり、心があまりおだやかではなかった気がする。もう振り返ったら恥ずかしくて死にたいくらい最悪なことたくさん思ったし、したし、言った。だけど友達を辞めずにいてくれた人たちもいて、本当にありがとうと言いたい。し。あわよくばまだ友達でいてほしい。

ってここまではわりと平常心で書いてたんだけど少しずつ実感がわいてきたよ。さみしいねほんとに。

最近すこし人見知りが良くなってきて、人となんとなく仲良くするとかがそんなに難しくないことになったけど、面白いと思うことを共有して一緒にめっちゃ笑えるのとかすごい幸せなことだなって感じる。あーーやっぱ楽しかったな。卒業やだな。でもみんなと卒業出来て良かったな。思い切って大阪に行きたいって言ってみて良かった。まさかほんとに行かせてくれるとは思わなかった。感謝。

一緒に卒業できなかった人たちも、バイト先で出会った人たちも私と知り合ってくれて、仲良くしてくれて、ほんとにほんとに感謝の気持ちでいっぱいです。学科やサークルが辛い時もあって、そんなときに話を聞いてくれたり遊んでくれたおかげでぶっ壊れずにバランスをとることが出来ました。おかげでめっちゃ元気です。ありがとうございます。これからも宜しくお願いします。

大学生活で出会った人たちの中には今やどこで何してるかわかんなくなった人もいて、それは手繰り寄せる力のなさとか熱量のなさとか色々あるけどやっぱり出会えてうれしいと思うし、ちゃんと思い出は残っている。もしもまた会えたら何話せばいいか戸惑っちゃうかもしれないけど、でもまた会えたらいいな。これ綺麗事なのかなとか思ったけど、ほんとに会えたらいいなって思うしね。

はー、4回生になってみんな年寄りみたいな顔してたけどこれからは若手だね。超やばいね。頑張ろうね。荒波とかすごいの来るかもしんないけど話聞くくらいならこんな私にも出来そうだよ。まじしあわせになろうな。あいしてる。

 

もうまとまんないな。卒業まじでおめでとう我々~!